KANAZAWA HIMAWARI PEACE LABORATORY ON WEB

金沢ひまわり平和研究室

あなたは2006年5月3日以来 番目の訪問者です。

“金沢ひまわり和研究室”をお訪ねくださり、ありがとうございます。このような看板を掲げた施設が具体的に存在するわけではありませんが、このホームページの管理者(室長)は、自宅のパソコンで作業を行っていますので、書斎(兼アトリエ・応接室)が研究室を兼ねているといってよいかもしれません。

研究室名の「金沢」は自宅の所在地名、また「ひまわり」は出身中学校のシンボルであり、私の母が生前好んで描いた花の名でもあります。母は第一次世界大戦が勃発した1914年に生まれ、私は第二次世界大戦が終わった1945年に生まれました。後述の“華徳”に掲載された総合年表と私の“プロフィール”に掲載された略歴には、親子二代にわたる戦争絡みの事柄が記されています。

長らく市域の周辺部に住んでいた私は、2003年の秋、兼六園のすぐ近くに引越し、ますます金沢に愛着を感じるようになりました。このような心は幼いころから過ごした生活環境の中でおのずと育まれてきたものであり、愛郷教育を特別に受けたから生じたわけではないのです。

金沢は、加賀藩主前田利家の入城から現在に至るまで400年以上ものあいだ戦火に見舞われたことがない、幸運な都市とはいえ、近代に“軍都”として重要な役割を担い、負の遺産も背負っております。

私の母校、金沢市立野田中学校の校歌の第一節を以下に紹介します。この校歌は、昭和34年(1959)、私が中学2年生のときに制定されたものです。作詞者松川五一先生は当時、野田中学校の教諭をしておられました。作曲者岡本敏明先生(1907〜1977)は、『どじょっこふなっこ』などの作曲でよく知られた方です。

日輪高き 野田の丘
うかべる雲を 仰ぎつつ
青空さして すこやかに
花悠揚と 咲きほこる
ああ ひまわりのその啓示(おしえ)

言わば「ひまわりの啓示」を受けて、この平和研究室を立ち上げたようなものですので、なにぶんよろしくお願い申し上げます。
石川WFM情報 (世界連邦運動協会石川県連合会のホームページ)
故・湯川スミ先生との思い出

世界連邦運動に多大な貢献をされた湯川スミ先生が2006年5月14日に逝去されました。左の写真は、2005年10月1日、広島市のアステールプラザ中ホールで開催された第25回世界連邦日本大会『世界連邦へのロードマップ―被爆60年広島からのアピール―』に出席の折、懇親会の会場で先生を囲んでご婦人たちが記念撮影をしているところに仲間入りさせていただいたものです。

先生は車椅子を使用しておられましたが、90歳半ばとは思えないほど、とても若々しくお元気でした。私はその2年前に先生に手紙を出し、世界連邦運動協会石川県連合会のニューズレターに寄せられた玉稿をホームページに再録させていただきたい旨、お伺いを立てたところ、丁重なご承諾のお手紙をいただき、とても感激しました。
故・植木光教先生のこと

2009年6月6日に逝去された植木光教世界連邦運動協会会長・世界連邦推進日本協議会会長のことについて、遅ればせながら追悼の言葉を述べさせていただきます。

左の写真は2008年10月25日に東京で開催された第27回世界連邦日本大会の懇親会で撮影したもので、右端が植木先生、中央が森山眞弓世界連邦日本国会委員会会長(当時)です。

2007年10月20日に世界連邦運動協会石川県連合会が主催して、世界連邦運動石川50周年記念シンポジウムを開催したとき、本来ならば植木先生にご講演いただくはずだったのが、沖縄での行事出席を優先せざるをえない事情が生じて、高木旭世界連邦運動協会理事長代理・国際委員長が代わりに講演なさるということがありました。

そこで、2009年11月22日に開催される第28回世界連邦日本大会(金沢2009)にはぜひとも出席していただきたく、世界連邦運動協会の理事会や総会でお会いするたびに念をおしてお願いしていたのですが、残念ながら適わぬことになってしまいました。

東京での会議の席でお会いする機会が増えるにしたがい、植木先生の私に向ける眼差しが期待をこめたものになっていったように感じられました。実際、「よろしくお願いしますよ」と何度か声をかけられたのです。ですから、ご逝去のあと、ほんとうに何としてでも金沢での世界連邦日本大会を成功させ、ご意志に報いたいと思いました。幸い多くの方々のご協力、ご尽力があって、第28回世界連邦日本大会は約600名の参加者をえて成功裏に終えることができました。

ご生前、植木先生のことについてあまり存じ上げなかったのですが、先生を追悼する会で皆様による追悼の言葉を伺っていて、先生のことを大いに見直したのでした。また、インターネットで検索し、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に「クリスチャンでもあったため、東大YMCA代表も務めた」と記されているのを見て、えっと驚いたのでした。実は私、東北大学基督教青年会の渓水寮に学部4年間寮生として過ごし、大学院博士課程に在籍中、2年間だけ主事として再度寮生活をした経験があったからです。

世界連邦関係に限らず、もっといろいろお話しを伺っておきたかったと残念に思う次第です。
“華徳”―画家・平口幸枝の生涯― 室長 平口哲夫のプロフィール
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2009年3月オープン、姪(弟の娘)が店主。

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